2008.05.11(Sun)

「どこでもドア」というのは、国民的漫画『ドラえもん』に出てくる架空の道具。
「時間」と「お金」を節約して好きなところへ行けます。
「時間」も「お金」もない多くの人たちにとっては、夢のような道具。
でもさ、「お金」はともかく「時間」もかけない“旅行”ってどうよ?
オイラ、“名古屋”生まれの“春日井”育ちで、今は“横浜”に一人暮らし。
憧れの地である“横浜”に、もう15年以上います。
玄関のドアを開ければ、そこは“横浜”の街。
「どこでもドア」みたいなもんだね。うちの玄関は(笑)

でもさ、
ドアを開けると「一番行きたいところ」に行くことができるってのは、
最初だけだよ。楽しいのは。
「慣れちゃう」んだ。
「日常」のことだし。
「旅行」ってさ、「非日常」なわけ。
時間をかけて「見慣れぬ場所」を移動するから楽しいの。
「道中」も「旅行」のうちだからね。
共に旅する「相手」の存在も重要だよね。
「楽しかった旅行」の想い出には、必ず一緒にいた人の名前がセットで思い出される。
オイラの場合は“アメリカ”と“北海道”がそれだな。
“アメリカ”は大学の仲間と。
“北海道”は最愛の恋人(過去形)と。
…「時間」も「お金」もかかったよ。
でも、「どこでもドアがあったらな〜」とは、これっぽっちも思わなかった。
だって「道中」も楽しかったもの。
今でも「昨日のこと」のように思い出される。
こう考えたことはない?
「旅行」で行く先には人が住んでいて、彼らにとってはその土地が「日常」なわけ。
そこへヨソ者である自分が顔を出すんだ。
…それが「旅行」ってやつ。
「日常」なんだよ。そこに住んでる人にとっては。
ただの「ご近所」。
オイラにとって最も楽しかった旅行は“アメリカ”と“北海道”だけど、
そこが「特別な場所」だったからじゃない。
たぶんオイラから見て、「遠くの場所」だったから。
そしてたぶん、一緒に行った「相手」と想い出を共有できたから。
だから「どこでもドア」は要らないなぁ〜。
「旅行」は「道中」も含めて楽しみたいし。
それに、今のオイラはかなり「自由」(独身一人暮らし)だけど、
一緒に行く「相手」がいないもの。

ブログネタ:どこでもドアを一回だけ使えるとしたらどこへ行く?
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