私は新聞を、ほとんどインターネットで読む。
よく読むニュースサイトは、
■Google NEWS(日本) ←Click it!
■神奈川新聞(日本) ←Click it!
■CNN NEWS(米国) ←Click it!
■人民網(中国) ←Click it!
■中国国際放送(中国) ←Click it!
■朝鮮日報(韓国) ←Click it!
■中央日報(韓国) ←Click it!
■独女通信(女性) ←Click it!
※全て日本語☆
…の、8紙。もちろん全部“無料”だ(笑)
特に、“Google NEWS”(日本)と、“CNN NEWS”(米国) と、“朝鮮日報”(韓国)は、
毎日欠かさず読んでいる。
“Google”と“CNN”を毎日読む日本人は多いかもしれないけど、なぜ“朝鮮日報”?
…と怪訝な顔をされそうですね(笑)
実は、好きな新聞記者さんがいるんです♪
私のお気に入りの記者さんの名前は“鮮于鉦”(ソンウジョン)さん。
日本に関する韓国の新聞を読み慣れていない方(日本人)が彼の記事を読むと、
ちょっと
(なんか、一部の掲示板サイトで叩かれているみたいですが…)
韓国人好みの
…ほら、感じられるでしょう?
え?…彼の記事を読んだことないって?
それでは、彼が最近書いた記事を、まずは読んでくださいな♪
東京に息づく古い街並みの魅力
一昨年、日本人の友人に連れられて新宿ゴールデン街にある広さ3坪ほどのウォッカバーを訪れた。テーブルが5つほどある狭い店内は、後から入って来たロシア人客3人で満席となった。ゴールデン街にある店はどこも同じような規模だ。
記者が3回目に訪れたとき、店の主人が「ソウルにもこんなところがあるか」と尋ねてきた。そこで思いついたのが「ソウルの赤線地帯」だった。狭くてみすぼらしい建物が隙間なく並んでいる様子と、どこか退廃的な色合いの看板は、今や消えゆくソウルの赤線地帯との共通点を感じさせた。記者の説明に、店の主人は「ゴールデン街もかつて、そんな場所だった」と教えてくれた。
後で新宿ゴールデン街のホームページを覗いてみると、「昭和33年(1958年)の売春防止法ができるまで、”青線”と呼ばれる非合法売春地帯として隆盛を迎えた」との記述があった。その後1950年代までの売春地帯の雰囲気を残したまま、左党が宵越しの酒を楽しむ飲み屋街へと姿を変えたという。奇妙なのは、そのすぐ隣に歌舞伎町という、日本最大級の繁華街が存在することだ。ゴールデン街が再開発されることもなく、また歌舞伎町に吸収されることもなく残った理由が知りたいと思ったが、ホームページにも「権利関係の複雑さや地回りヤクザの縄張りといった問題のため」としか書かれておらず、それ以上の詳しい説明は見当たらなかった。
いずれにせよゴールデン街は1950年代を彷彿とさせる独特の雰囲気ゆえに長きにわたって日本の左党たちに愛されてきた。そして今やその評判は海を越えて世界に広まりつつある。最近ゴールデン街では、まるで「不思議の国」にでも迷い込んだかのように不思議そうな表情を浮かべ、狭苦しい店に不釣り合いな恰幅(かっぷく)のよい西洋人たちが入って来るのをよく見掛ける。また韓国の新聞にも紹介記事が掲載されたせいか、韓国の若者たちもちょくちょく訪れている。今や立派な国際的観光スポットなのだ。
しかしこの通りが観光客を魅了するのは、浅草の浅草寺のような日本の「昔」を体験できるからでも、六本木ヒルズや東京ミッドタウンのような日本の「今」が感じられるからでもない。ゴールデン街の魅力は、1950年代という微妙な時期の、すえた匂いをとどめていることにある。
世界的な商業都市・東京には、時の流れが止まったかのような空間も少なくない。銀座から東へ車を5分ほど走らせたところにある月島(中央区)には、韓国のピンデトク(緑豆の粉で作った薄焼き)のような存在である「もんじゃ焼き」の店や、黒くて古い木造の家屋が並ぶ街並みがそのまま残っている。さらに月島から隅田川をさかのぼると門前仲町(江東区)、両国(墨田区)といった庶民の街がまるで回廊のように連なっており、日本がまだ豊かでなかった1950年代の雰囲気を今に伝えている。最近、韓国の若者を夢中にさせている谷中(台東区)、下北沢(世田谷区)、高円寺(杉並区)もまた同じだ。韓国の女優、ペ・ドゥナも激賞する下北沢では、手狭な今の通りを幅26メートルに拡張するかどうかをめぐって、行政と市民との間で4年間にもわたり対立が続いている。
こうした古い街並みこそ、東京の魅力だ。中心に目を向けると東京駅や六本木の再開発地帯が、周辺に目を向けると下町の庶民的な古い佇まいが、それぞれ世界からの観光客を魅了しているのだ。東京について、遺物となった伝統が残されているのではなく、過去と未来が100年の差を超え、現在が息づく空間に共存していると評価する人もいる。それこそが、東京が世界的都市と呼ばれる所以なのかも知れない。
6日付本紙に掲載されたソウル城東区の李浩助(イ・ホジョ)区庁長による「往十里賛歌−『59年往十里(90年代初めに流行した歌謡曲のタイトル)』が姿を消す」と題した寄稿を読んで、いろいろなことを考えた。開発によって地域に活気をもたらすことができれば、それはそれでよいことだ。しかし李区長の言う「古びてはいても、暖かな人情が行き交う往十里の59年」が、開発によって失われてしまうとしたら、それは往十里ならではの大切な財産を、自ら捨ててしまうことにほかならない。ソウル江北地域では、これまでそうしたことが何度繰り返されてきたことだろうか。東京の街を歩いていると、ソウルで古い街並みが失われていく現実が残念に思えて仕方がない。
朝鮮日報 ←Click it!
私たち日本人が忘れてしまった、
…もしくは気にもとめていないような“日本の味わい”を、鮮于鉦さんは、とても愛してくださっています。
彼の記事を読むと、普段から見ている光景が“とても新鮮”に見えてきますよね♪
…このほか、私のお気に入りの鮮于鉦さんの記事を、いくつかご紹介させていただきます☆
↓ ↓ ↓
トヨタと富士山(上)
先週、トヨタと富士山に行ってきた。一方は経済、もう一方は自然だが、どちらも日本を代表するという点で、韓国からお客様が来ればよく案内するところだ。トヨタの工場は3度目、富士山は2度目の訪問だったが、今回トヨタには記者としてではなく、初めて一般見学者として訪れた。
そこで初めて、トヨタ見学者の相当数を外国人が占めるということを知った。平日というのに私たち一行のほか、ハーフパンツをはいた韓国の若者も来ていた。家族連れの中国人も多かった。今回訪問したのは、ハイブリッド・カー「プリウス」を生産する愛知県豊田市の堤工場。工場の職員は「見学者の約20%が外国人で、中国人・韓国人の順」と教えてくれた。
一方、富士山の登山口に到着する深夜バスにも日本語を話さない人が半分以上乗っていたと思う。闇の中を頂上まで、高さにして1500メートル登ったが、その間も外国人が多かった。公園事務所の職員は「年間登山客20万人のうち約30%が外国人で、西洋人が多い」と説明する。富士山は7・8月の2カ月間だけ登山ができる。これほど外国人が多いなら、東京で外国人の街として知られる六本木や青山をしのぐと言ってもいいだろう。
都会の六本木や青山と違い、トヨタと富士山は公共の交通機関を利用すれば東京からそれぞれ 約3時間はかかる。その上、「実際に行ってみると特に見どころがない」という共通点まである。富士山は30分ほど登ると草木もないただの地面の急斜面になる。1年のうち300日は雲に覆われおり、眺望を楽しめないことも多い。一方トヨタには膨大な設備があるが、働いている人々が特別な技術を披露するわけではない。有名な「トヨタ式生産方式」は専門家にだけ見えるのだ。「日本精神の源泉」(富士山)や「サムライ経営の粋」(トヨタ)といった華やかな修飾語は実際に行ってみたからといって分かるものではない。
2007/08/13 17:01:33
朝鮮日報 ←Click it!
トヨタと富士山(下) ←Click it!
東京の路地で日本を再発見する(上) ←Click it!
東京の路地で日本を再発見する(下) ←Click it!
秋葉原の「萌え文化」(上) ←Click it!
秋葉原の「萌え文化」(下) ←Click it!
「ぬれせんべい」が救った銚子電鉄(上) ←Click it!
「ぬれせんべい」が救った銚子電鉄(下) ←Click it!
日本の地方に行って分かること(上) ←Click it!
日本の地方に行って分かること(下) ←Click it!
…いかがでしたか?
今回は“日本の風景”が目に浮かぶ、心地よい記事ばかりをご紹介させていただきました。
“目から鱗”の鮮于鉦さんの文章、他にもいっぱい面白い記事があります。
これからも時々、話題にさせていただきますね♪




ファンの方が他にもいて